ドラえもんの“弟子”ミニマリスト・デザイナー佐藤オオキの哲学

AI要約

佐藤オオキが三宅一生とドラえもんから影響を受け、世界的なデザイナーとなった経歴。

nendoのポートフォリオや佐藤のデザイン哲学について。

nendoの設立経緯や佐藤のデザインに対するアプローチ。

ドラえもんの“弟子”ミニマリスト・デザイナー佐藤オオキの哲学

佐藤オオキが2002年に設立した「nendo」は現在ミラノにも拠点を構え、いまや彼は世界中で引っ張りだこのデザイナーとなった。そんな彼が「師匠」と呼ぶ三宅一生とドラえもんから、複数のプロジェクトを同時にこなすことを可能にする彼のルーティン、そしてAIについてまで、スペイン「エル・パイス・セマナル」誌に語った。

「日本の卓越したミニマリストデザインの権化」と専門家に称されるデザインオフィス「nendo」の創設者、佐藤オオキ(46)。彼は、自分には2人のメンターがいると言う。伝統とテクノロジーを融合させて20 世紀のテキスタイルに革命をもたらしたファッションデザイナーの三宅一生と、50年以上にわたって日本の子供たちを楽しませてきたドラえもんだ。

三宅は、佐藤のキャリアに決定的な影響を与えることになる椅子の制作を依頼する。のちに「cabbage chair」と名付けられるその椅子の制作を通して佐藤は、質素なもののなかに豊かさを、シンプルなもののなかのに優美さを見出すことを学ぶ。

一方、佐藤が生まれたトロントで子供のころ読んでいた漫画『ドラえもん』からは、発明の楽しさと、日常の小さなことに感動することを学んだ。

「10歳で日本に引っ越すと、そこにはドラえもんの世界があって驚きました。僕にとってそこはある意味、未来の世界を意味しました」

佐藤は赤坂にあるスタジオで、取材に訪れた私たちを迎えてくれた。スタジオは丹下健三が設計したビルの3フロアを占める。佐藤は初対面の日本人に特有の控えめな態度は見せず、完璧な英語で快活に話し、声を上げて笑う。

「ドラえもんは、本当に僕の師匠であり、メンターだと思っています。というのも、僕は建築を学びましたが、プロダクトデザインは誰からも教わっていないからです」

心優しいが不器用で、学校の成績も悪いのび太を助けるためにドラえもんは、ポケットからさまざまな道具を取り出す。佐藤いわく、これらの道具を使うのに説明はいらない。

「のび太でも使えます。でも道具は問題を解決するものの、完璧ではありません。それがドラマを生み、物語となり、日常のスパイスとなるのです」

nendoのポートフォリオにはこんなものがある。公園、建物、船、パズルのように組み立てるサッカーボール、プルタブが2つあることでビールの泡を先に注いでから液体部分を注げるビール缶、電球の熱で笠が花のように開くランプ──。

「柔軟な発想で自由にデザインする」という思いを込め、日本語の「粘土」にちなんで2002年に自身の会社を設立した。