〈目撃〉クール!「ケチュア語ラップ」、ヒップホップで“アンデス”を取り戻す先住民たち

AI要約

2024年のチチカカ湖畔で行われた追悼式で、先住民の若いヒップホップアーティスト、カイ・スールが犠牲者との連帯を表明し、ケチュア語のラップを披露する。

ペルーにおいて若者たちは自らの伝統を取り戻しつつあり、ケチュアの言語とアンデスの文化をヒップホップを通じて復活させている。

過去の人種差別や内戦の影響から、ケチュア族の人々は自らの言語や伝統に誇りを持てずにいたが、新世代は現代に生きる先住民たちとして新たなアイデンティティを築こうとしている。

〈目撃〉クール!「ケチュア語ラップ」、ヒップホップで“アンデス”を取り戻す先住民たち

 それは2024年、ある晴れた1月の午後のことだった。

 ここは、ペルー南部のチチカカ湖畔近くにある都市フリアカ。1年前に政府の治安部隊に虐殺された18人のデモ参加者と見物人を追悼するため、先住民のケチュア族とアイマラ族の人々が何千人も広場に集まっていた。

 そのなかに、黒い上着、つばの広い黒い帽子、黒と金のブーツに身を包み、黒い馬にまたがった男性がいた。その姿は、スペイン帝国に対する反乱を指揮し、アンデス地方における抵抗の象徴となった先住民の首長、トゥパック・アマル2世を想起させる。ケチュア語の「カイ」(この)とスペイン語の「スール」(南)を合わせたカイ・スールという名で知られる彼は、犠牲者との連帯を表明するため、そしてラップを歌うために、そこに来た。

「わが同胞を殺しても、負かしたことにはならない」。カイ・スールが自身の曲「英雄」をケチュア語で歌うと、ヒップホップのビートが群衆に伝わる。すでにSNSで彼を見て、その歌詞に共感している人も多い。

 先住民の言葉でヒップホップの曲を作る若いミュージシャンが増えている。カイ・スールこと、20歳のジェルソン・ランディ・ワンコ・カナサもその一人だ。彼もまた、スペイン語とケチュア語、グローバルとローカル、古代と現代といった、複数の文化と伝統から着想を得て、まったく新しいものを創作している。それはアンデスのルーツと言語を取り戻そうと熱望する、若い先住民のための音楽だ。

 ケチュア語をこれほど公然と取り入れるなど、かつてのペルーでは考えられないことだった。アンデス諸国には800万~1000万人のケチュア語話者がいて、ペルーでは人口の26%が自らを先住民だと考えている。

 だが一方で、今も続く人種差別のため、その多くが自分の言語や伝統に誇りをもてずにいた。20世紀半ば以降、都市に流入するケチュアの人々は、先住民ではなく「混血」だと名乗り、子どもにケチュア語を教えない親も多かった。

 1980~2000年に起きた極左ゲリラと政府との闘争では、約7万人が殺され、50万人以上が家を失ったが、その大半は、双方の勢力から標的にされた、田舎暮らしの貧しいケチュアの人々だった。

 だが今、若者たちは自らの伝統を取り戻しつつある。彼らのなかには1990年代前半に内紛の中心地アヤクチョで結成された、ケチュア語で歌うブルース・ロックバンド「ウチュパ」に触発された者もいる。

 故郷を離れた人々のネットワークやSNSなどを介し、すでに広い世界とつながっている彼らは、現代に生きる先住民とはいかなるものかを、新たな視点から描いている。口承の伝統や共同体精神、抵抗の文化をもつヒップホップは、ケチュアの言語とアンデスの文化を復活させる自然な媒体なのだ。

※ナショナル ジオグラフィック日本版7月号特集「自分たちの言葉で伝える魂の歌、ペルー」より抜粋。