パリ五輪フェンシング・エペ男子団体が“銀” 加納「最後は気持ちが一歩及ばず」山田「すごい価値がある」

AI要約

日本はパリオリンピックのフェンシング・男子エペ団体で銀メダルを獲得。地元からは加納虹輝選手と山田優選手が出場。

山田選手は幼少期に体が弱く喘息持ちだったが、フェンシングで活躍。母の支えも大きかった。

決勝では山田選手が粘りを見せるも、加納選手が執念で同点に追いつくもハンガリーに敗れ銀メダル獲得。

パリ五輪フェンシング・エペ男子団体が“銀” 加納「最後は気持ちが一歩及ばず」山田「すごい価値がある」

 パリオリンピックのフェンシング・男子エペ団体の決勝で、日本はハンガリーに敗れて銀メダルを獲得しました。東海地方からは、エペ個人で金メダルを獲得した愛知県あま市出身の加納虹輝選手(26)や、三重県鳥羽市出身の山田優選手(30)が出場しました。

 団体戦で先陣を切った山田選手ですが、幼少期の頃は体が弱く喘息持ちで、まともに運動ができませんでした。

母・歩南さん:

「これは幼稚園の発表会です。この時は小児ぜんそくがあって、1カ月に1回は具合が悪くなるような。皆さん半ズボンなのに、体が弱いから半ズボンをはくとその日の夜に熱が出たり。体温調整がちゃんとできなかったんでしょうね。スイミングとか柔道とか行ったんですけど、全て断られてしまって。柔道の受け身でパン!とほこりがたつでしょ、あれで15分ぐらいするとせき込んでくるんです。それぐらい弱かったので」

 そんな時に、唯一始められたのが『日本舞踊』でした。呼吸を整え、体を動かす楽しさを覚え、小学2年でフェンシングと出会いました。前回の東京大会では、団体戦で日本史上初の金メダルを獲得しました。

 山田選手の地元・三重県鳥羽市や、加納選手の地元・愛知県あま市では、深夜にも関わらず住民や市職員らが集まり、声援を送りました。

 2連覇を狙い迎えた決勝では、第8試合で山田選手が粘りを見せますが、2点リードを許す展開となります。そして最終の第9試合で、アンカーの加納選手が執念を見せ、残り6秒で「25-25」と同点に追いつきます。勝負は延長戦となりますが、ハンガリーに敗れて銀メダルとなりました。

加納選手:

「1本勝負になってくると何が起こるか分からないです。最後は気持ちの部分だと思うんですけども、気持ちが一歩及ばなかったのかなという感じです」

山田選手:

「悔しさとかもあるんですけど、終わってみて楽しかったなと思います。今回は自力で出場枠を取っての挑戦だったので、しっかりと自分たちでつかみ取ったメダルだと思うので、すごく価値のあるものだと思います」