又吉直樹がデ・キリコの絵「瞑想する人」で物語を創る!【デ・キリコ展を10倍楽しく観る方法】

AI要約

兄が突然瞑想にふけることを決め、瞑想症になってしまう物語。

兄の悩みや苦手な点、妹の思いなどが描かれ、原因に迫る。

いくつかの要因が兄を瞑想に追いやったが、その理由は謎に包まれている。

又吉直樹がデ・キリコの絵「瞑想する人」で物語を創る!【デ・キリコ展を10倍楽しく観る方法】

 2024年4月27日(土)から東京都美術館で開催されている「デ・キリコ展」に合わせて発売された『【芸術AERA】デ・キリコ大特集』で、芸人で芥川賞作家の又吉直樹さんが、デ・キリコの作品「瞑想する人」で物語を創作。果たしてどんな物語になったのか。特別に公開する。

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■「瞑想する人」

 突然、兄は瞑想にふけることを選んだ。「日々の憂鬱を忘れてさ、瞑想にふけることにしたよ」と兄は言った。「お兄ちゃんの特技は考え込むことなのに、できんの?」私が聞くと、「瞑想できたら右手を上げるね」と兄は告げて、静かに目を閉じた。

 最初は悪ふざけだと思い笑っていたが、兄はその体勢のまま、動かなくなった。呼吸はしていたけれど、さすがに心配になってお医者さんを呼ぶと、「伊太利(イタリア)瞑想症」とよくわからない診断がくだされた。

 優しかった兄が、日常を棄て去り、瞑想する人になった理由はわからない。だが、仲が良かった妹として幾つかの原因を推測することはできた。

 まず、兄は仕事の人間関係で悩んでいた。悩みを克服できるように助言は尽くしたつもりだ。「体は大きいのに声が小さいから自信なさげに見えるんだよ」とか「笑顔がなにかを企んでいる悪党に見える」とか「絶妙に靴下のセンスが悪いよね」とか。兄は頼りなく微笑(ほほえ)むだけだったが、その微笑みさえなにかを企んでいる悪党みたいなので救いようがなかった。

 兄は恋愛も苦手だった。恋人がいたこともあったが、その彼女は考えるときに「えー」と言う癖があり、その「えー」という高い声が、黒板を引っ搔いた音のように不快だったので、早く別れた方がいいと教えてやったのに、別れるまでに時間がかかってしまった。あの恋愛で兄は疲れたのかもしれない。あと、私にくらべて兄は両親から期待されていなかったし。それでも、私は兄の暮らしが良くなるように兄の悪いとこを毎日言い続けた。こんなに兄想いの妹がいるのに瞑想する人になるなんて酷い。一体、なにが兄をここまで追い込んだのだろう。