佐野元春の初ヒットアルバム『SOMEDAY』 現代の若者にも通じる都会人の孤独や青春【休日に聴きたい名盤】

AI要約

1982年にリリースされた佐野元春のサードアルバム『SOMEDAY(サムデイ)』は大ヒットとなり、初の成功を収める。

FM放送の構成や選曲を手掛けた経験も持つ岩田由記夫氏が紹介する名盤を見事に纏めた。

佐野元春は売れ線を追わず、自らの音楽性を貫き、ヒットアルバムを目指していた。

佐野元春の初ヒットアルバム『SOMEDAY』 現代の若者にも通じる都会人の孤独や青春【休日に聴きたい名盤】

国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、休日のドライブで聴きたくなる名盤を紹介します。今回は、佐野元春のサードアルバム『SOMEDAY(サムデイ)』です。リリースは1982年5月で、自身初の大ヒットを記録します。その2年前、80年3月にシングル「アンジェリーナ」でデビューし、アルバム2作も高い評価を得ていましたが、セールスには結びついていませんでした。翌年83年4月に早くもリリースされた初のベスト盤『No Damage (14のありふれたチャイム達)』(計14曲)を聴くと、デビュー時から魅力的な曲が数多く作られていたことが分かります。佐野元春 & ザ・コヨーテバンドのコンサートツアー「2024年初夏、Zepp Tourで逢いましょう」が6月16日からスタートします。どんな曲が演奏されるのでしょうか。

1970年代中期から1980年代初期、数多くのFM放送の構成や選曲を手掛けた。その内のひとつにFM東京(当時)の『レコパル音の仲間たち』があった。2代目のDJは売り出し中だったコピーライターの糸井重里で、ぼくは構成も選曲も担当した。ディレクターと相談して、1980年第1回の放送は、1980年代にブレイクが期待される若手ミュージシャン3人を同時にゲス トに迎えることになった。

3人の人選を任されたが、そう苦労せず、杉真理、浜田省吾、佐野元春に決まった。3人ともまだ無名に近かったが、ぼくには彼らが90年代以降、本当の意味でメジャーになると確信していて、その予想は結果的に当たった。

収録は東京・虎ノ門にあったFM東京の子会社「FMサウンズ」で行なわれた。偶然だがFMサウンズで、アマチュア時代はラジオ・ディレク夕ーのアシスタントとして佐野元春は働いていたことがあった。

1、2枚目と音楽関係者からは評価の高いアルバムを制作していたものの、佐野元春にはまだヒットが無かった。

"あえて売れ線を狙うとかしないで、自分の音楽を貫きながらヒット・アルバムを生みたい"

『SOMEDAY』のレコーディング前、佐野元春はそう語っていた。