【週末映画コラム】どちらもだまされる楽しさが味わえる『ヒットマン』/『スオミの話をしよう』

AI要約

『ヒットマン』は、大学で教鞭をとる普通の男性が、偽の殺し屋として依頼殺人の捜査に協力する姿を描いた作品である。

ゲイリーがモラルに挑戦する展開やジャンル要素の複合が面白く、ラストの処理には疑問を抱く人もいるかもしれない。

主演のグレン・パウエルの複雑な役柄により、彼の演技の幅広さと器用さが光る作品である。

【週末映画コラム】どちらもだまされる楽しさが味わえる『ヒットマン』/『スオミの話をしよう』

『ヒットマン』(9月13日公開)

 ニューオーリンズで暮らすゲイリー・ジョンソン(グレン・パウエル)は、大学で哲学と心理学を教える傍ら、偽の殺し屋に扮(ふん)して依頼殺人の捜査に協力していた。普段はさえないゲイリーが、「顧客」に合わせたプロの殺し屋になり切り、次々と依頼人を逮捕へと導いていくのだ。

 ある日、支配的な夫との生活に傷つき、追い詰められた女性マディソン(アドリア・アルホナ)が、夫の殺害を依頼してきたことで、ゲイリーはモラルに反する領域に足を踏み入れてしまう。そんな中、マディソンの夫が何者かによって殺害される事件が起きる。

 この映画は、実在の潜入捜査官をモデルに、犯罪捜査をコミカルに描きながら、ノワール、ロマンス、スリラー、ピカレスクロマンなど、さまざまなジャンルの要素が少しずつ組み合わさっているという構図が面白い。ただ、ラストの処理は「おいおいこれでいいのか?」と思う人もいると思うが。

 リチャード・リンクレイター監督は「アイデンティティーをめぐる実存主義というテーマを根底に持ち、ゲイリーとマディソンが新しい自分を見つけていく物語だ」と語る。

 大昔に「七つの顔の男」という変装を得意とする私立探偵・多羅尾伴内(片岡千恵蔵)が活躍するシリーズがあったが、変装する人物が“別人”には見えないところがおかしかった。この映画のパウエルも多少の外見の違いこそあれ、それぞれの殺し屋が同一人物にしか見えないのはご愛敬(あいきょう)だが、そこに現実味があるとも言えるだろう。

 このところのパウエルは『トップガン マーヴェリック』(22)、『恋するプリテンダー』(23)、『ツイスターズ』(24)、そしてこの映画と大活躍中。だいたい単純で能天気な役を演じることが多いのだが、この映画で“一人何役”の複雑な役を演じ分けたことで器用な俳優であることを改めて知らしめたとも言える。さすがに自ら脚本とプロデューサーを兼ねただけのことはあるといったところか。