「弱そう」と言われたデザインだけではない? ライダーマンが昭和ライダーで異質だったワケ

AI要約

ライダーマンは昭和に登場した仮面ライダーシリーズの中で唯一主人公となっていないヒーローであり、顔下半分が露出したデザインが特異である。

仮面ヒーローのデザインにおいて口の見えるヒーローは日本では弱く見えるという風潮があり、ライダーマンのデザインはその国民性を反映している可能性がある。

ライダーマンは仮面ライダーV3を助けるヒーローとして設定され、昭和時代には人気はなかったものの、現代になって再評価されている。

「弱そう」と言われたデザインだけではない? ライダーマンが昭和ライダーで異質だったワケ

 昭和に登場した「仮面ライダー」のなかで唯一、主人公となったことがない「ライダーマン」の特異な設定とデザインは、昭和ではそれほど高い評価を得られなかったといえるかもしれません。

 よくライダーマンのことを酷評する人が指摘するのが、顔下半分が「生身」である点です。しかし、これに関していえば、仮面をかぶったヒーローである仮面ライダーをリアルに考えた場合、デザインとして到達する方向性のひとつだといえるでしょう。そう、仮面のヒーローというリアルさを追求した結果、顔下半分が露出した合理的デザインというわけです。

 これには日本のヒーローのほとんどがフルフェイスで、口の見えるヒーローは弱く見えるという風潮があるからでしょう。たとえばアメコミヒーローを見ていくと、それほど弱いという印象は受けません。つまり、ヒーローのデザインに対するお国柄というものでしょうか。

 またライダーマンが他の昭和仮面ライダーと大きく異なる点が、主役ライダーとして生まれていないという点です。他の昭和ライダーは、すべて主人公として設定されていました。「仮面ライダー2号」も、「仮面ライダー1号」の代わりとして生み出された主役ライダーです。その点でも、ライダーマンは得意な設定を持つヒーローでした。

 ライダーマンの設定は紆余曲折ありましたが、基本的に番組タイトルにもなっている「仮面ライダーV3」を助けるヒーローとして生み出されています。これもまたライダーマンを、仮面ライダーのなかで唯一無二の存在としている点でしょうか。

 もっとも、こういった好意的解釈は現在だからいえることかもしれません。放送当時、昭和におけるライダーマンの評価は高くありませんでした。かくいう筆者も、子供時代は「弱い」という印象をぬぐえていません。少なからずファンがいたのは間違いないですが、他のライダーと比べて人気がなかったといえるでしょう。

 ところが、大人になるにつれて筆者のライダーマンに対する評価が変わっていきました。これは自分の周囲でも同じで、子供のころには分からなかったライダーマンの魅力が、少しずつ理解されてきたというところでしょうか。

 もしかしたら、時代がライダーマンというヒーローに追いついたといえるかもしれません。なぜならば21世紀以降に誕生した仮面ライダーたちを見ると、ライダーマンとの共通点がいくつか見えてくるからです。