アヌーク・エーメさんはなぜ記憶に焼きついているのか 4年前に見せてくれた最後の奇跡

AI要約

フランス映画祭にゲスト出演した女優・杏が、フランス映画界で一緒に仕事をしたいと語ったアヌーク・エーメさんが92歳で亡くなったこと。

アヌーク・エーメさんが主演した名作「男と女」の美しさや輝きについて、彼女の存在が残す意味とその前後について。

アヌーク・エーメさんとルイ・トランティニアンが再共演した「男と女 人生最良の日々」について、老齢に至るまでの輝きや感動を述べています。

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

 毎年秋に横浜で開催される「フランス映画祭」に、女優の杏(38)がゲスト出演したのは3年前のことだ。10代の頃にモデルとしてパリコレに出演したことがあり、一昨年にはパリに拠点を移すなど、フランスには縁がある。

 そんな彼女がフランス映画界で一緒に仕事をしたい人を問われて、「アヌーク・エーメさん」と即答したことが意外で、記憶に残っている。

 フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」や「8 1/2」、クロード・ルルーシュ監督の「男と女」で世界的な注目を集めたのは杏が生まれる20年も前のことだ。フランスには世界で活躍中の現役女優や、よりレジェンド感の強い人もいる。その中で、あえて名前を挙げたのは、作品数は少なくても、時間がたっていても、深く心に残る存在だからだろう。

 そのエーメさんが先日、92歳で亡くなった。

 思い返せば、「男と女」は高校時代に名画座で観(み)た。出演当時30代半ばに差しかかっていたエーメさんは高校生からすればオバサン世代である。だが、まるでドキュメンタリーのように撮られた作品でハッとするような美しさが際立った。大きな瞳、髪の膨らみ、肩から腰の曲線から目が離せなかった。この年齢の本当の輝きを初めて教わった気がした。

 「男と女」はカンヌ映画祭の最高賞とアカデミー外国語映画賞に輝いた文字通りの名画だったが、一方で当時28歳のルルーシュ監督が2週間程度で撮り終えた自主映画のような作品でもあった。最近で言えば「カメラを止めるな!」のような位置付けだったこの映画から、多くのスタッフ、キャストが世に認められた。

 そこに集った人々が53年の時を経て、奇跡のように再び顔を合わせたのが19年の「男と女 人生最良の日々」だった。

 82歳になったルルーシュ監督が自らメガホンを取っただけでなく、87歳のエーメさんと89歳の相手役ジャン=ルイ・トランティニアン、それぞれの「連れ子役」だったスアド・アミドゥとアントワーヌ・シレも老齢に差し掛かった姿でそのまま登場した。ダバダバダ…のスキャットでオリジナル作品を印象づけたフランシス・レイも亡くなる寸前まで音作りに関わった。

 物語も前作の53年後というそのままの設定で、海辺の高級老人ホームから幕を開けた。カー・レーサーとして一世を風靡(ふうび)したジャン・ルイ(トランティニャン)は日々記憶が曖昧になっている。心配する息子のアントワーヌは、父親が繰り返し名前を口にするアンヌ(エーメさん)を懸命に探す。やがて、再会を果たした2人は施設を抜け出し、思い出の地ノルマンディーを訪ねるが…。

 87歳のエーメさんはやはり美しかった。この年齢ならではの輝きがあることを改めて教わった。この「良い年の重ね方」があったからこそ、ルルーシュ監督も再びメガホンを取る気になったに違いない。

 2人の旅の過程で、ジャン・ルイの回想が折り込まれ、そこには53年前の映像が使われる。否応なく自分の若い頃と今が重なって見え、心温まるだけでなく、時の流れの残酷さにヒリヒリさせられる。

 まるで、劇中で暮らしていたように見えたアンヌの53年後。人々の記憶にしっかりと上塗りしてから逝ったところもエーメさんらしいのかもしれない。【相原斎】