ある戦場記者のもがき~「豚野郎」そして「ヒラメとカレイ」~【調査情報デジタル】

AI要約

2023年10月8日の夜、現地での戦争の情報に接した須賀川拓は、過激な言葉の激励を受け、急遽現場取材の準備を始める。

Twitter上での返信が炎上し、一部のフォロワーは現場取材を疑問視。根拠のないメディア不信が表面化する。

アルゴリズムによる情報操作や個人化が、言論空間に悪影響を与えている状況を指摘。

ある戦場記者のもがき~「豚野郎」そして「ヒラメとカレイ」~【調査情報デジタル】

中東をはじめ数々の戦場を独自の視点で取材し、国際報道で優れた成果をあげた記者に贈られるボーン・上田国際記者賞の受賞者としても知られるTBSテレビの須賀川拓。彼が日々の取材活動の中で心に強く残ったことをオムニバス的に綴る(不定期連載)。

■豚野郎

「さっさと現場にいけ、豚野郎!」

X上(マスク氏による買収前だったので、当時はTwitter)でこんな内容のメッセージが届いたのは、忘れもしない2023年10月8日の夜のこと。ガザを実効支配するハマスが、イスラエル側に越境攻撃をした日の翌日だった。

現地メディアやSNS、そして現地の知人や友人から送られてくる断片的な情報。境界沿いの村だけでなく、救助に駆けつけた民間人をも標的にした、あまりに凄惨な犯行に私は絶句しながら、「これはとてつもなく、とてつもなく大変なことになる」とブツブツ口にしながら、パソコンに向かっていた。胃の中に突然ジャリを放り込まれ、体全体がずしりと重くなる感じ。周囲の音が小さくなり、今自分にできることは何なのか、私はその一点に集中していた。

そして、現地に入る便やコーディネーター、車両の手配などが終わった瞬間、さきほどのメッセージが流れてきたのである。私はSNSでもよく炎上するタイプで、「戦場記者」を文字られ、冗談半分で「炎上記者」と同僚から言われることもあるくらいなので、暴言や誹謗中傷はほとんど気にならない。むしろそれを、自分のモチベーションのためのガソリンに使いたくなってしまう。

この時もそうだった。なにしろ、海の向こうでは戦争が始まっている。これから何千、何万という命が失われるであろうことが分かっていて、その現場に近づこうとしている最中だから、こっちも頭に血が上っている。受けて立とうじゃないか。いやむしろこの人には、これからの報道をしっかりと受け止めてほしいという思いだった。

「行ってくるぜ豚野郎!しっかり見とけよ!」

勢い余って、こう返信してしまったのである。私としては、暴言ではあったが激励の言葉として受け止め、しかし少しばかり無礼な内容だったから、返す刀で同じ言葉を使ったまでなのだが、これがだいぶ炎上してしまった。

残念ながら、私に「豚野郎」と送ってきた方はアカウントが凍結されてしまい、いまは原文を見ることはできないが、実は「さっさと現場にいけ!」と檄を飛ばしてくれる視聴者の方は、とても貴重である。これは本音だ。だから私も悪ノリして「豚野郎」と返してしまったが、内心激励された気分だったのである。しかし、ここからが本題だ。

このポストにはたくさんの返信がついたのだが、その中に「CGを使うなよ」「どうせ落ち着いてから行くんだろ」といった内容が混じっていた。現場取材にいかず、戦争をCGで描いてコタツで記事を書くとでも、本当に思っているのだろうか。

こうした人たちは、私を以前からフォローしていて、これまで伝えてきた内容を見てきたであろう人たちだ。にも関わらず、荒唐無稽な批判を言葉に出し、またその発信に「いいね」が付く。

遺伝子レベルにまで染み込んでしまった根拠なきメディア不信と、“アルゴリズム”(注)によって侵食された言論空間が、そこには広がっていた。

(注)ここで言う“アルゴリズム”とは、Gooogleなどでの検索アルゴリズムやXなどでのSNSアルゴリズムのこと。機械学習したプログラムが、ユーザー個人個人の嗜好などに合わせた情報、動画や画像、広告などを優先的に表示する仕組みを指す。