鎌田大地との破局は必然? ラツィオとの長期契約=監獄化の実情。負の連鎖を生み出してきたロティートの手法【コラム】

AI要約

鎌田大地のラツィオでの冒険は、1シーズンで終焉を迎えた。契約交渉がまとまらず、わずか1年でイタリアを去ることが決定した。

トゥドール監督による全幅の信頼を受け、出場機会をつかんだ鎌田だったが、契約更新交渉が難航し、退団を決意する。

主力選手の0円移籍が相次いでいるラツィオは、ファンもフロントも選手との関係が悪化し、新スタジアム計画にも影響を及ぼす状況にある。

鎌田大地との破局は必然? ラツィオとの長期契約=監獄化の実情。負の連鎖を生み出してきたロティートの手法【コラム】

 日本代表の鎌田大地は、ラツィオでの終盤戦で素晴らしい活躍を見せた。しかし、契約交渉がまとまらず、わずか1年でイタリアの地を去ることが決まった。そんな同選手を含めた主力の0円移籍が相次いでいるラツィオ。クラウディオ・ロティート会長を筆頭に、サポーターがフロントに怒りをぶつけるのも無理はない。(文:佐藤徳和)

●ミランにドタキャン。急遽だったラツィオ加入

 鎌田大地のラツィオでの冒険は、1シーズンで終焉を迎えた。日本代表でのFIFAワールドカップ26アジア2次予選の2試合(ミャンマー代表戦とシリア代表戦)を控えた6月3日、自らの口から、ラツィオでプレーし続けることはないと言明し、こうして、5月末までとなっていた契約が更新されないことが決定的となった。

 昨年夏、フランクフルトを契約満了により退団した鎌田は当初、ミランに移籍することが確実視されていた。しかし、交渉を担当していたレジェンドのパオロ・マルディーニが、テクニカルディレクターの職を解任されたことにより、鎌田の移籍までも消滅。自由契約となっていた鎌田にラツィオが関心を持っていると報じられ始めたのは、同年7月下旬のことだった。夏の風物詩とも言える移籍の噂の一つに終わると思われたラツィオ移籍の報せは、徐々に現実味を帯び始め、8月3日に正式発表の運びとなった。契約は1年間のみで、2年もしくは3年の契約延長のオプションがつくものだった。

 FIFAワールドカップ2022での活躍もあって、鎌田の名は、イタリアにも知られ、評価は高かった。当時のローマの指揮官、ジョゼ・モウリーニョも鎌田の獲得に関心を持っていたほどだ。すぐにチームメイトのハートを掴み、その一人のニコロ・カザーレは「経験豊富なプレーヤーだ。トレーニングを少し見ただけで、重要なプレーヤーだと理解したよ。中盤で、守備もしてくれ、視野も広い。前線に絡むプレーを見て、すぐに気に入ったよ」と絶賛していた。

 セリエAでも開幕節のレッチェ戦から先発出場。3試合目のナポリ戦では、初ゴールを決めた。“魔術師”の異名を取るルイス・アルベルトを唸らせるほどの技ありのシュートだった。誰もが、鎌田の新天地での歩みは順調なもののように思えた。

 だが、マウリツィオ・サッリ監督は、ジャッポネーゼのプレーに不満を抱き、鎌田は次第に出場機会を失っていく。サッリ政権下でのセリエA先発出場は8試合、途中出場が12試合で、出場機会がなかった試合は、9試合にも及んだ。

●新監督の元でようやく出番を掴んだが…

 状況が激変したのは、サッリが辞任し、イゴール・トゥドールが新監督に就任した3月下旬だ。トゥドールは、鎌田に全幅の信頼を寄せ、同30日のユベントス戦から9試合連続で先発出場させ、試合の度に絶賛した。前任のサッリは、自らのスタイルに選手を当てはめていくタイプの指揮官で、鎌田は、サッリの戦術犠牲者となった。

 トゥドールは、鎌田に対して連日、手放しで高く評価した。

「完成された選手。すべての能力が素晴らしいレベルにある」「あらゆるポジションをこなすことができ、決して諦めることがない。彼はコンピューターのようだ。彼のような選手が10人ほしい。全ての監督が彼を必要とするだろう」

 それは、5月31日を持って切れる鎌田の契約を見越して、“ラブコール”を送っているようだった。トゥドールの鎌田への愛の声は、心を動かし、来季のUEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)出場権は獲得できなかったものの、鎌田は、オプションとして契約条項に含まれていた契約更新に近づいていた。

 さらに、シーズン終盤の5月16日、アンジェロ・ファビアーニ・スポーツディレクターが、ラジオ番組のインタビューで「代理人は、100パーセント残ると私に言っている」と発言し、鎌田のラツィオ残留は間違いないものと見られた。イタリア現地紙『イル・メッサッジェーロ』のアルベルト・アッバーテ記者は「3年間の口頭合意で双方が握手した」とまで述べていた。

 ところが、5月下旬を迎えても、契約更新は進展せず。代わって、フランクフルト時代に指導を受けたオリヴァー・グラスナー監督率いるクリスタル・パレス移籍の可能性が浮上し、雲行きが怪しくなってきた。

●「極めて無礼な対応だった」

 アッバーテ記者は「確実なことは、鎌田が、新たな契約を締結することはできないということだ。なぜなら、『成長令』を失効することになる。今の給与の支払いを維持できなくなるからだ。唯一の選択肢は、3年間の現在のオプション契約と同じ条件で1年間の契約を結ぶことだ」と提案していた。

 この『成長令』という制度は、イタリアへの外国人選手の流入を促進するために導入され、クラブが税制上の優遇措置を受けることを可能にし、選手への年俸の支払いを持続可能なものにする。しかし、鎌田との新契約は、この恩恵を無効にし、ラツィオの財政にとって、持続不可能なレベルまで年俸を引き上げなければならない。ラツィオにとっては、経済的な負担が多く、アッバーテ記者が述べている提案が、現実的なものと見られた。

 しかし、契約延長を楽観視していいたファビアーニSDが、契約満了となった5月30日の後日、鎌田側との契約更新交渉が破断となったことを明かす。それは、宿敵ローマとのダービーに敗れたあとのような怒りに満ち溢れていたものだ。鎌田側が提案してきた内容は、アッバーテ記者が提案していたまさに単年契約であった。

「選手たちがクラブのために尽くすのであって、クラブが選手に尽くすのではない。昨年夏、ルイス・アルベルトがトレーニングキャンプに現れず、移籍を希望していたため、我々は同じ特性を持つ選手としてカマダを選んだ。サッリも了承し、カマダの代理人が契約を翌年の5月30日に再検討するという条件を提示してきた。その更新期限が昨日過ぎ、彼らは同じ条件をもう一度提示するよう求めてきたのだ。我々にはそれ以前に合意していたが、予期せぬ事態に直面し、極めて無礼な対応だった。

 私は誰からも脅迫されるつもりはなく、この『ゆすり』について話し合うつもりはないと冷静に伝えた。カマダは自由に去ることができる。ラツィオに来る者、選手や代理人は、プロジェクトを受け入れ、ラツィオを愛する必要があることを理解しなければならない」

 ファビアーニSDはこのように語り、受け入れ難い条件を鎌田側がつきつけてきたことを明かした。そして、ラツィオのクラウディオ・ロティート会長も6月2日、鎌田が退団することを明言した。

●複数年契約を結ぶとラツィオ脱出は困難に?

「選手たちが我々を脅迫できると思っていることにうんざりだ。私たちはラツィオを最終目的地とし、クラブに誇りを持っている選手を望んでいる。カマダは1年の契約延長と250万ユーロ(約4億円)のボーナスを要求してきた。私たちを脅迫できると思う者には、災難がふりかかる。金目当ての傭兵であることが明らかになった選手たちは全員追い出し、一からやり直すつもりだ」と憤慨した。そして、日本代表戦を控え、帰国していた鎌田もその1日後、退団を明言した。

 鎌田の契約は、脂が乗った27歳では異例の単年契約だった。それをもう1年繰り返してくれという要求は、クラブ側も当然受け入れることは難しいと想像がつく。恐らく、ラツィオは、複数年契約を結び、鎌田の評価が高まったところで、売却するという狙いがあったのかもしれない。

 一方、鎌田側は、ラツィオと長期契約を結べば、契約期間中に、さらに価値の高いクラブへの移籍は困難との懸念を抱いていたのだろう。鎌田は、ロティート会長との交渉が不可能だと強調し、高額な契約破棄金を設定されたと述べている。実際、このロティートは、一筋縄ではいかない曲者で、過去にも、多くの選手と対立している。ブラジル人のフランセリーノ・マツザレムや元イタリア代表のクリスティアン・レデスマも、ロティートと契約や移籍を巡り、舌戦を繰り広げている。こういった事実をすでに掌握していたため、単年契約というカードを切った可能性も考えられる。

 鎌田の退団は、ラツィオに負のドミノ倒しをもたらした。

●「ロティート、ラツィオを手放せ」

 6月3日、2025年6月30日までの契約を締結していたイゴール・トゥドール監督も辞任。鎌田をどれほど高く評価していたかが、伺える電撃辞任劇だった。こうして、主力のL・アルベルトや鎌田に加えて、指揮官までも失ったラツィアーレ(ラツィオのサポーター)たちの怒りの矛先は、ロティートに向かう。

 6月15日、ローマ市内で、ラツィオの新スタジアム計画が持ち上がるフラミニオ・スタジアム周辺にサポーターが集結。警察の発表では、約6000人となっていたが、1万人は集まっていたのではないかと報じられるほどの数だった。

 ウルトラスだけでなく、子供や女性を含めた一般的なサポーターの姿もみられた。平和的に行われた大抗議集会だが、言葉は激しく「ロティート、ラツィオを手放せ」のスローガンが、何度も発せられていた。ラツィオは近年、2000万ユーロ(約32億円)を超える移籍金での獲得がない。大枚をはたいて、選手を獲得して、黄金時代を築いた前任のセルジョ・クラニョッティ前会長の経営手法とは真逆を行く。良い言い方をすれば健全、悪く言えばケチだ。

 2015年には、イタリア監督協会から「ファイナンシャル・フェアプレー」賞を授与されたこともある。それでも22/23シーズンのセリエAでは、スクデットを獲得した99/00シーズン以来の最高位となる2位に入った。17/18シーズンには、スーペルコッパを、18/19シーズンにはコッパ・イタリアをそれぞれ制している。ロティート会長の経営手法は評価されてもおかしくない。

 しかし、23/24シーズンは、7位で終え、欧州CL出場権を得られず。そして、中心選手と指揮官までもが去ってしまったことが、多くのサポーターの逆鱗に触れた。クラブ幹部たちは、鎌田に対し「ラツィオへの愛を見せろ」と叱り飛ばしていたが、サポーターから、「ラツィオへの愛を見せろ」と同じ言葉をもらうことになるとは、なんとも皮肉なことだ。

(文:佐藤徳和)