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異国の地でスマホが壊れたらどうする? 航空券も鉄道のチケットもパーになる恐ろしさ(古市憲寿)
ウズベキスタンとカザフスタンへの旅を通じて、治安や物価の良さ、現地の人々との交流などを紹介。
現地でiPhoneのトラブルに遭遇するも、地図を手書きして修理店を探すが、再起動すると問題解決。
東京都生まれの社会学者が中央アジアの旅を通して、現地の魅力や苦労を綴る。
![異国の地でスマホが壊れたらどうする? 航空券も鉄道のチケットもパーになる恐ろしさ(古市憲寿)](/img/article/20240613/666a113fb6bf1.jpg)
ウズベキスタンとカザフスタンへ行ってきた。紛争の続くアフガニスタンと名前が似ているせいか、「危なくないの」と心配された。現地で会ったアブくんという青年にも「スタンという名前のせいで治安が悪いと思ってませんでしたか」と聞かれる始末。
結論から言うと、おおむね治安は良好で、人は優しく、物価も安く、日本からの観光にもオススメできる国だと思った。特にウズベキスタンは物価が日本の5分の1程度なので、多少の円安ではびくともしない。
ちなみに「スタン」というのはペルシャ語で「国」という意味。かつてはテロ事件もあったが、今は両国とも権威主義的な体制下で政治状況は安定していると言っていい(国立博物館では、ひたすら大統領の偉業がたたえられているけど)。
治安でいえば、アメリカの方がよほど気を使う。この前、ロサンゼルスのビバリーヒルズ近郊を少し歩いただけで、現地の友人から本気で心配された。別の友人からは「まあバスに乗るお金もなくて歩いていると思われるから、逆に大丈夫かもね」とも言われた。
比べれば僕の訪れたタシュケント、サマルカンド、アスタナはどこも気軽に歩ける街だった。Yandex Goという配車アプリも便利で、目的地を指定すると、数分で運転手(白タク)がやってくる。料金は百円から数百円で、日本のタクシー代の10分の1である。
僕はウズベク語もカザフ語も分からないし、現地の人もあまり英語を話さないが(共通語はロシア語)、Yandex Goと翻訳アプリのおかげで不自由はなかった。
ウズベキスタンの首都タシュケントから、青の都として有名なサマルカンドへは毎日高速鉄道が運行している。運賃は2000円ほど。このチケットもアプリで予約できる。
こんなふうに快適に中央アジアを移動していたのだが、事件はサマルカンドのホテルで起こった。いきなり iPhoneの挙動がおかしくなったのだ。スマホに不具合が起こった場合、とにかく基本は再起動。これでほとんどは直る。だが再起動したら一切のタッチ操作ができなくなってしまった。
iPhoneの中には、明日のタシュケントへ戻る高速鉄道のチケットも、アスタナへ向かう航空券も入っている。そもそもYandex Goが使えないと、駅までの移動もおぼつかない。
幸い、パソコンは持ってきていたので、地図サイトでiPhoneを売ってそうな電器屋と、スマホ修理店を検索する。だがそこまでどうやって行けばいいのか。ホテルの部屋備え付けのメモ用紙に手作りの地図を描いた。そんなことしている場合ではないのに、目印のティムール像をきちんと描き込んでしまう。ティムールは14世紀にサマルカンドを中心とするイスラム大帝国を築いた偉人だ。
さて地図もできたし、出かけようかと思ったのだが、もう一度だけiPhoneに再起動をかけてみることにした。そうしたら完全に直っていたのだ。ティムールの御利益だろうか。
古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。
「週刊新潮」2024年6月13日号 掲載